三重県・紀北町で自然体験が満喫できる場所。

きほく里山自然案内 下河内って?


下河内の風景

下河内には、四季を通して様々な風景が見られます。春には色鮮やかな花を咲かせる草木が、夏にはひんやりとした水をたたえた川が出迎えてくれ、秋は燃えるような赤に染まる山々、そして冬は一面が白く光る雪に覆われる・・・
都会では忘れてしまいがちな四季の移り変わりが、ここにはいっぱいに広がっています。

下河内散策路

桧林の中を縫うように作られた全長約2kmの散策路。川のせせらぎを聞きながら、マイナスイオンたっぷりの散策路で身も心もリラックスしてはいかが?

ビオトープ

ビオトープでは、めだかをはじめ貴重な動植物をたくさん見ることができます。野鳥が休憩する姿を見ることができるかも!?

下河内冷泉(跡地)

かつては河原に冷泉が湧き出ていましたが、平成16年の大水害で残念ながら埋没してしまいました。近くには湯治場として利用されていたことを偲ばせる、石堂や石地蔵を見ることができます。

雪景色

山の中のため冬には厳しく冷え込み、まれに真っ白な雪化粧をすることがあります。この風景には心が洗われるような気がします。

よもぎ

春になるとよもぎの新芽があちらこちらに顔を出し始めます。このよもぎを集めておくと、よもぎもちやよもぎ団子などの貴重な食材になります。おいしそうですねぇ~。

キジ(雉)

いつも仲良く2匹(つがい)で草むらから現れます。警戒心が強く、気づかれるとすぐ隠れてしまいます。メスには逃げられて、なんとかオスの撮影に成功しました。


下河内の畑

下河内は山に囲まれた里ですが、昔の人が色々な知恵を絞って作りあげた様々な畑がたくさん残っています。春の土づくりから始まり、夏の手入れ、そして秋から冬にかけて美味しい農作物がたくさん収穫されます。春に自分で植えた野菜を、秋に食べれるのは嬉しいかも!


下河内の歴史

1789年に赤羽川の大洪水が起こり、上向井の地にあった13戸の農家は田畑を全て失い、生活の糧をなくしてしまいました。
1815年になって中村久之丞を中心として下河内原野の開墾を決意し、十須村、江竜村の庄屋を介して村の実情を訴え、その熱意により和歌山藩から開墾の許可と銀二貫目を貸し与えられました。
生活に困った貧民を集めて工事を進め、1822年には13戸の農家が入植して68石の田畑を切り開き、豊かな山林を所有する地方でも指折りの裕福な部落になりました。
中村久之丞は当郷開基の祖として、今も遺徳を称えられています。
明治から昭和にかけては、宮川からの池坂越えの要所であり山と海の交流拠点として、最盛期には150人ほどの人口がありましたが、交通網の発達とともに過疎化高齢化が進み、現在では2世帯3人が生活されています。
空き家や遊休農地が増えていますが、きほく里山体験笑楽校ではこれらを逆に活用して、景観の保全と「ふるさと」を体感する場所として、皆様に提供したいと思い活動しています。

旧旅籠「旭屋」

なんと築120年!! 明治から昭和にかけて、池坂峠を越える山と海との貴重な交流拠点でした。昔あったという水車を復活させたいと思っています。

下河内観音堂

1830年代に部落民の氏寺として建てられた観音堂で、中には石仏聖観音像が安置されています。苦労して田畑を開拓した農民の歴史を物語っています。

当郷開基之碑

1814年からの下河内開拓の祖中村久之丞の業績を称える碑。彼の徳を追慕する里人により1884年に建てられました。

江竜庚申碑

町内に数多くある庚申碑の中でも最も古い一つです。1720年代にすでに村があったことが書かれていて、厳しい山村の暮らしをずっと見守ってきているんですね。

鹿垣

原野を開拓したことから獣害が多く、鹿垣を作って田畑や生活を守っていました。村を囲むように作れられ、約1650mが現存しています。生活を守るための知恵と力に感服しますね。

民家の石垣

下河内には石垣を積んでいる家が多く、高さが2mに及ぶりっぱなものもあります。この理由は狼避けとも風避けともいわれていて、古民家とともに貴重な財産です。